六波羅蜜で送る、心穏やかな最期
葬儀を教えて、
先生、「六波羅蜜」って葬儀の用語で出てきたんですけど、仏教と何か関係があるんですか?
葬儀スタッフ
よくぞ聞いてくれました!「六波羅蜜」は、仏教で菩薩が悟りを開くために必要な6つの修行のことを指します。葬儀の場では、故人が生前に行ってきた善行をたたえ、六波羅蜜の徳を積んで、迷いのない世界へ旅立てるようにと願いを込めて使われます。
葬儀を教えて、
なるほど〜。じゃあ、葬儀以外でも使われる言葉なんですね!
葬儀スタッフ
その通りです。六波羅蜜は、私たちが生きていく上でも大切な心の持ち方を教えてくれる言葉なんですよ。
六波羅密とは。
葬儀の際によく耳にする「六波羅密」という言葉は、仏教において、菩薩が悟りの境地である涅槃へと至るために必要な6つの修行のことを指します。 具体的には、以下の6つです。
1. -布施-: 自分の財産を分け与えるだけでなく、肉体労働や知識を教えることなども含まれます。
2. -持戒-: 道徳や戒律を守り、慎ましい生活を送ることです。
3. -忍辱-: 侮辱や困難に耐え、広い心で受け入れることです。
4. -精進-: 怠ることなく、日々努力を続けることです。
5. -禅定-: 心を乱すことなく、常に穏やかで落ち着いた状態を保つことです。
6. -智慧-: 上記の5つを実践することで、真理を見極める力を養います。
六波羅蜜とは?葬儀とのかかわりを紐解く
「六波羅蜜」という言葉、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは仏教用語で、人が迷いの世界から悟りの世界へと渡るための、6つの修行を意味します。
具体的には、布施(分け与える)、持戒(戒律を守る)、忍辱(耐え忍ぶ)、精進(努力する)、禅定(心を安定させる)、智慧(真理を見抜く)の6つです。
これらの修行は、私たちが人生を歩む上で、穏やかな心持ちを保ち、周りの人々と慈しみを分かち合いながら生きるための指針とも言えます。
では、六波羅蜜は葬儀とどのように関わっているのでしょうか?
葬儀は、故人の生前の行いを偲び、冥福を祈る場であると同時に、残された人々が故人の死を通して自らの生き方を振り返る場でもあります。
六波羅蜜の教えを胸に、故人の歩んできた道のりを振り返ることは、私たち自身の心を癒し、穏やかな気持ちで最期の時を迎えるための準備となるでしょう。
布施:故人への想いを形にする
「布施」とは、仏教の教えにおいて大切な行いの一つです。分け隔てなく慈しみの心で人に施しをすることで、執着を離れ、心穏やかに過ごせるとされています。
残された者が故人への想いを形にする「布施」には、様々な方法があります。例えば、故人が生前大切にしていたものを、形見分けとして親しい人に贈ることもその一つです。また、故人の遺志を継ぎ、社会貢献活動や慈善団体への寄付を行うことも、立派な「布施」と言えるでしょう。
大切なのは、形式にとらわれず、故人を偲び、その想いを大切に受け継いでいくことです。六波羅蜜の教えの一つである「布施」を通して、穏やかな最期を迎えられるように、できることから始めてみてはいかがでしょうか。
持戒:つつましい別れがもたらすもの
「持戒」とは、自らを律し、慎ましい行いを心掛けることを意味します。残された時間を意識する中で、華美なものを求めたり、執着したりする心は、静かに消えていくかもしれません。
それは、物質的な豊かさよりも、心の豊かさ、そして穏やかさを大切にすることを教えてくれます。身の回りのものを整理し、本当に必要なものだけを選び取ることで、心は自然と澄み渡っていくでしょう。
つつましい別れは、残された者たちの負担を軽くするだけでなく、故人自身の心を解放し、穏やかな最期へと導く力となるのです。
忍辱:悲しみを受け入れ、乗り越える強さ
人生の最終章には、避けられない別れや、やり残した事への後悔など、様々な苦しみがつきものです。 仏教の教えである「六波羅蜜」の1つ、「忍辱」は、そんな苦しみを受け入れ、乗り越える力を与えてくれます。 忍辱とは、ただ我慢することとは違います。怒りや悲しみ、苦しみといったネガティブな感情に飲み込まれることなく、静かに受け止め、その先に進むための心の強さを育むものです。
残された時間が限られる中で、私たちは様々な感情に揺さぶられます。 しかし、忍辱の心を持って、それらの感情と向き合うことで、穏やかな心境を取り戻し、残された時間を大切に過ごすことができるのではないでしょうか。 過去の出来事への執着や、未来への不安を手放し、今この瞬間を大切に生きること。それが、忍辱を通して得られる、人生の最期を穏やかに過ごすための大きなヒントとなるでしょう。
精進:生前の努力と感謝を胸に
人生の最終章を迎えるにあたり、穏やかで悔いのない時間を過ごしたいと願うのは、自然な感情でしょう。仏教の教えである「六波羅蜜」は、私たちにそのヒントを与えてくれます。中でも「精進」は、過去の自分の行いを振り返り、感謝の気持ちと共に未来へと繋げていく、大切なプロセスを示唆しています。
人生とは、山あり谷ありの連続です。精進とは、ただ闇雲に努力を重ねることではなく、自身の経験から学び、成長を喜び、感謝の気持ちを忘れずに歩み続けることを意味します。
最期を迎える時、楽しかった思い出、乗り越えてきた困難、そして支えてくれた人々への感謝の気持ちで心が満たされるとき、それはきっと穏やかな境地と言えるでしょう。精進は、私たちが人生の最終章を輝かしい光で満たしてくれる、大切な心の支えとなるはずです。
禅定・智慧:穏やかな心で見送るということ
残された時間と穏やかに向き合い、心穏やかに最期を迎えるためには、周りの私たち自身の心の状態も大切です。 六波羅蜜における「禅定」と「智慧」は、まさにその心の持ちようを教えてくれます。
「禅定」とは、心を静かに保つこと。
動揺や悲しみに心を揺さぶられるのではなく、静かに故人を見守り、感謝の気持ちを込めて寄り添うことができます。
「智慧」とは、物事をありのままに見る力。
死は避けられない自然なものであり、その先には新たな生があるという、大きな視点を持つことで、必要以上に恐れたり悲しんだりする必要がないことに気づかせてくれます。
禅定と智慧によって培われた穏やかな心は、残された人々に寄り添い、安らぎを与えるだけでなく、旅立つ人にとっても穏やかな最期をもたらすでしょう。