東大寺「お水取り」: 知られざる修二会の真実

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東大寺「お水取り」: 知られざる修二会の真実

葬儀を教えて、

先生、「お水取り」って言葉は葬儀の時にも使いますよね? でも、東大寺の二月堂の行事も「お水取り」って呼ばれているのを聞いたことがあります。何か関係があるんですか?

葬儀スタッフ

良いところに気づきましたね!実は、どちらも水を扱う儀式であることに由来しているんです。葬儀の「お水取り」は、故人に最後のお水を供える儀式のこと。東大寺の「お水取り」は、二月堂の井戸から水を汲み上げる儀式で、 formallyには「修二会」と言います。

葬儀を教えて、

そうなんですね!でも、どうして東大寺の「お水取り」が、葬儀の「お水取り」と同じように呼ばれるようになったんですか?

葬儀スタッフ

東大寺の「お水取り」は、二月堂の本尊である十一面観音に罪を懺悔し、国家の安泰を祈る儀式です。人々の罪を洗い清めるという意味で、水が重要な役割を果たすことから、「お水取り」と呼ばれるようになったと言われています。

お水取りとは。

「お水取り」は、葬儀の際に使われる言葉ではなく、毎年3月1日から14日までの間、東大寺の二月堂で行われる「修二会」という法会の別名です。この法会は、国家の安泰を祈願するために執り行われます。

「お水取り」の由来と歴史

「お水取り」の由来と歴史

毎年、春を告げる行事として有名な東大寺二月堂の「お水取り」。1200年以上一度も中断することなく続けられてきたこの行事は、正式には「修二会(しゅにえ)」と呼ばれ、その歴史は奈良時代まで遡ります。752年、光明皇后の願いにより、インド出身の僧侶・菩提僊那が東大寺に招かれ、悔過(けか過去の罪を懺悔すること)の修行を始めたことが起源とされています。

「修二会」とは、旧暦の2月に行われることから名付けられました。この期間、選ばれた僧侶たちは、世俗を離れ、二月堂の本尊である十一面観音に罪を懺悔し、人々の幸福や国家の安泰を祈願します。そして、そのクライマックスに行われるのが、12日の夜に行われる「お水取り」の儀式です。

修二会とは?1200年以上続く悔過の行

修二会とは?1200年以上続く悔過の行

毎年3月、奈良・東大寺二月堂で行われる「お水取り」。人々はこの行事を、奈良に春を告げる風物詩として、また、1年の無病息災を祈る行事として認識しています。しかし、その背景にある「修二会」の真の意味を知っている人は、一体どれほどいるでしょうか。

修二会とは、752年から一度も途切れることなく続く、1200年以上の歴史を持つ仏教行事です。奈良時代、光明皇后の願いにより、インドの高僧・菩提僊那によって始められました。この行事は、ただ単に華やかな儀式を行うのではなく、厳しい修行を通して、人々の罪を懺悔し、国家の安泰や五穀豊穣を祈願するという意味が込められています。

厳冬に挑む!練行衆の過酷な修行

厳冬に挑む!練行衆の過酷な修行

毎年3月、奈良・東大寺二月堂で行われる「お水取り」。1200年以上続くこの伝統行事の主役は、11人の練行衆と呼ばれる僧侶たちです。彼らは、私たちが想像もつかないほどの過酷な修行に身を投じます。真冬の二月堂は、底冷えする寒さ。彼らは一日わずか2回の食事と睡眠時間わずか数時間という、想像を絶する苦行の中で、自らの罪を懺悔し、天下泰平、五穀豊穣を祈願します。特に、深夜に行われる「達陀(だった)の行」は、火の粉が降り注ぐ中、燃え盛る松明を担いで堂内を駆け巡るという荒行。その姿は、まさに身を挺して祈りを捧げる姿そのものです。私たちが目にする荘厳な「お水取り」の儀式の陰には、想像を絶するほどの精神力と肉体的苦痛に耐え続ける練行衆の姿があるのです。

幻想的な炎の舞!お水取りの見どころ

幻想的な炎の舞!お水取りの見どころ

毎年3月、奈良の東大寺二月堂で行われる「お水取り」。1200年以上もの間、一度も欠かすことなく続けられてきた厳粛な儀式であり、その神秘的な光景を一目見ようと、全国から多くの人が訪れます。

中でも、ひときわ人々の心を惹きつけるのが、「おたいまつ」と呼ばれる巨大な松明から降り注ぐ火の粉です。闇夜に浮かび上がる二月堂、その回廊を勇壮に駆け抜ける練行衆、そして降り注ぐ火の粉が織りなす光景は、まさに幻想的。その美しさは、長く厳しい冬の終わりを告げ、春の訪れを知らせるかのようです。

お水取りは、11本の井戸から汲み上げた「お香水」を、観音様に捧げる儀式ですが、この炎は、二月堂の本尊である十一面観音に供えるお香を焚きしめるためのものとされています。人々は、その炎の光と熱によって、一年の無病息災を祈るとともに、その幻想的な美しさに心を打たれるのです。

「お水取り」がもたらすもの

「お水取り」がもたらすもの

毎年、春を告げる行事として知られる東大寺二月堂の「お水取り」。1200年以上一度も欠かさず続けられてきたこの行事は、人々の罪や穢れを祓い、天下泰平、五穀豊穣を祈願するために厳修されてきました。その炎は人々の心を温め、闇夜を明るく照らし出す希望の光とも例えられます。

「お水取り」は、単なる伝統行事ではありません。そこには、厳しい修行を通して自らを省み、人々の幸せを願う僧侶たちの深い慈悲の心が込められています。そして、その祈りは、時代を超えて現代社会を生きる私たちにも、大切なものを教えてくれます。それは、感謝の気持ち、そして他者を思いやる心の大切さです。

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